
シューベルトといえば、私の年代では先ず歌曲に馴染むゲーテの詩を思い浮かべます。それらを指折れば片手の指が、直ぐに握り拳になりますよね。菩提樹、野中のバラ、魔王、冬の旅、 美しき水車小屋の娘・・・
ゲーテは、 ウイーンの音楽の世界でも、非常に強い影響力を振るった鉄人です。あの階級制度の厳しかった王宮管理のもと、シューベルトが楽友協会の会友になるきっかけ、又は、交響曲が未完に終わったいきさつ、 立ちあがるまでのいきさつ。映画は物語りかもしれません。芸術は才能だけでは世に認められない。きっかけが其の人を押し上げるのだ。
ウイ-ンでの当時のシューベルトの生活の設定は、村の小学校の代用教員。彼は初めて村の質屋の門をくぐります。背中の愛蔵のギターのケースをカウンターに降ろし蓋を開け、愛しむかのように、其の本体を撫でる指。
その仕草を見ていた若い質屋の娘が、父親から回ってきた値段の金額を割り増しにして、 会計に回してしまうのです。シューベルトは思った以上の金額にと迷いながらでていきます。質屋の若い娘は、二階の自分の部屋の窓から、その様子ながめながら一冊の本をシューベルトの足元に投げるのです。驚き見上げる彼。娘は窓から笑いながら、さけびます。
「それはうちの質流れの詩集です。読んでください。」
彼は慌てて拾い上げます。 そして、つい余計な一言をさけびます。
「さっきは なにか余計に金額を戴いてしまったように思うのですが・・・」
娘はあたりを見回し、階段からかけおりてきます。
「そんな事が、パパに聞こえたら大変だわ、大きな声をださないで。」
と、手を引張り、坂の横道に連れて行くのです。
坂から見下ろす泉の周りには洗濯物を持ち寄った村の主婦が集まり、楽しそうに歌を歌い始める所でした。彼は娘を離れ近くからその様子を真剣に聞きいっているのです。
娘がそばに来て、
「あの歌はいま村中の人が歌っているのよ。」
彼は娘の顔に向き合い
「あの曲は、僕が作った歌なんだ。」
娘は、即座に
「そんな筈はないわ!あの曲はウイーン中で歌われているのよ。もし貴方の曲なら、凄い収入が有る筈よ。信じられないわ!」
彼は俯き加減に、こう言いました。
「私の作る曲は、覚えやすく、誰でもすぐ歌えてしまうのです。だから、私の楽譜は売れないのですよ。」
娘はそういう彼が大好きになってしまうのです。
つづく