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2011年4月4日月曜日

4月3日 娘の誕生日

 東京は明日は日曜日。あと3時間であなたの誕生日。

 泣き、笑い、怒り、カヤの人生は素敵です。

 お誕生日 オメデトウ

 パパもママも貴女を愛してます

 ママの大好きなバラの季節がやってきます。

 ローズは何処の国へいってもローズです。

 ローズは性愛の女神のアナグラム

 ローズ エロス

 カヤはやっぱりママそっくり

 ママに怒られるとそうおもいます。 
   
 カヤにギリシャ神話の一輪のローズラインをを贈ります。

 トムもカヤの素敵なパートナー。

2010年10月14日木曜日

猫跨ぎ


 カリフォルニアの娘が電話をかけてきました。何時も草臥れた声で、だいたい、私達が少し早めに夕食を食べ終わる頃、お客さんに合わせ、夕刊を読んでる頃ですね。彼女のほうはもう寝る頃です。草臥れた声、「ああご苦労さん」と思います。   
 彼女はもうベットに入る前のブログの打ち合わせと、ご機嫌話が終わると、もう寝るからお休み~!私達はこれからが夜のお仕事。

 でも、今日はなにかはしゃいでいましたよ。なにかな鼻歌を呟いているのです。
「どうしたの?」私。
「さっき、車庫の前に黒猫がいたの。」娘。
 娘のところには、長毛猫が三匹もいるのです。
「シャーちゃんがノラ猫の匂いを嗅いで、怒るぞ。その黒猫をかまっていたら。」
「幼稚園の頃の《黒猫のタンゴ》を思い出したの。知ってる?」
「知ってるさ。」

 ♪だけど、あんまり、悪戯すると、鯵の干物は♪♪♪おあずけだよ♪

 それに、つい乗せられて、
「じゃあ、《猫跨ぎ》って、知ってる?」私。
「お前の兄貴は猫跨ぎなんだぞ。」私。
「何、それ?」娘。
「鯵の干物が嫌いだということ。あいつは、小さい時、漁師町で鯵の干物を毎日食べていたから、もう東京に来てからは、もう鯵の干物は食べたくなくいのさ。
 猫も同じで、漁師町の猫は、砂浜に鯵の干物が干してあっても、跨いで見向きもしないといううこと。
 タンゴ タンゴ 鯵の干物はもう御免だよ。」

 ♪ララララララ、ラーラ♪
             

2010年1月24日日曜日

明石町 外国人居留地




 「誰もいない裏窓」
 
 薔薇が活けられ 
 
 今日もあの人を待つ 
 
 暗い部屋




 娘がまだ小学校の頃、明石町、隅田川界隈にはまだ外国人居留地の名残がありましたね。
 その草っぱらには四季折々の草花が乱れ咲き、夏などは子供でなくとも、私達大人でも、中に入り込んでトンボ、蝶を追いかけ回したくなる一角でした。周りを柵と有刺鉄線で覆われ、覗き見するくらいなのだけれど。

 入口の扉が黒く、壁際にランプが有るのですが明かりが灯るのを見たことが有りません。其処に行くのは怖いのですが、そのノブを回したいのです。つい、私は低い声で囁いてしまうのでした。
「ほうら、ドラキュラが出るぞお。」
娘はむきになって怒りました。
「止めて、パパ!」

 家に帰り、私はお婆ちゃんに怒られるのです。 
「子供を怖がらせるものではありません。」
ほんとによくお婆ちゃんからは、怒られたもんですね。

 そんな時期も、時は知らぬ顔で過ぎていきます。娘の大学時代、店の常連さん二人、何時ものメンバーで家族旅行に伊豆下田方面に出かけた時、娘はホテルで高熱をだしました。一晩氷で体を冷やし、次の日は予定とおり早々にホテルをでました。
 
 正月の連休、なにはともあれ東京に戻ること、病院は明石町セントルーカ病院まで帰りたい。下田まで戻れば新幹線で。娘はぐったりで口も開けませんでした。
 
 やっと指定席を見つけ、車内は立ってる人で身動き出来ない状態の中を寝かしつけるように、座らせて東京一目散。聖路加病院救急部に担ぎこみました。原因不明の高熱は一向にさがりません。私はその日一晩娘の脇に座り娘の不安な気持ちと戦ってやりました。
 
 次の日、娘は入院することになったと、聞かされました。病院西側の新館病棟です。今、十数年前のことを思い出し、その病棟の窓を見上げ、通りを挟んだ小児科病棟の芝生の敷石を踏み、あのドラキュラの家が其処に移されて、記念指定の館だと知りました。セントルーカと縁の深い宣教師、医師でもあった人物。あの館は迎賓館でも有ったそうです。 昭和十八年頃。

2010年1月23日土曜日

夢二 黒船屋


娘がまだ中学生の頃、夢ニの黒船屋の絵を見て、
「この黒猫と着物の黄色が素敵。」
と言いました。
「この着物は黄八丈といって、冬に咲く石路(ツワブキ)の花の色みたいで、パパの好きな色なんだ。」
と答えると娘に
「石路<ツワ>なんて、知らない。」
と言われたことがありましたね。

          黄八丈 知らぬ娘や 石路の花                                                        ノブ

2009年12月2日水曜日

娘 腹痛にて七転八倒 ERへ運ばれる


娘-カリフォルニア時間、夜11時過ぎ腹痛にて七転八倒の状態、近所の大きな病院に行きました。私がメールを受け取った時はたまたまいつもより遅くまで起きていた時だったので、すぐ、メールを読むことが出来ました。電話を持って、寝ていたママを起こし、娘の状況を聞いてもらいました。ママは、自分が色々な病歴を持っているので、人の体のこともよく分かり、こういうとき一番頼りになるのです。娘は母親と電話で話をし、幾分、落ち着いてくれた様子でした。痛み止めのモルヒネの副作用で、吐き気と眠気で、娘はしゃべるのもままならず。電話を切った後、ママは「多分、食中毒でないかな」と言ってまた眠りにつきました。男親の私はだらしなく、こういう状況に狼狽するだけでした。皆さんにちょっとご報告まで。