
南多摩郡 柚木村に私が預けられることになりましたのが小学六年生のときでした。前の尋常小学校に在籍していた時、背が低く整列は先頭が決まりでした。当時も、小学校も中学校も、勿論義務教育です。でも私は進学出来なかった事情を抱えていたのです。 それは、結核。検査にひっかかって、多分、母の希望と私立中学に行かせたかった担任とのなんらかの話合いが 田舎の学校に六学年をもう一年留年させるということになったのです。
柚木村は殆どが桑畑です。農家は蚕糸 サンシ糸業を営み藁ぶき家の中の二階に、敷きわらの上に桑の葉を
敷きつめ、蚕を育てているのですね。初めての夜は、蚕が桑の葉を食べるその音に、なにを二階で飼っているのか。。。寝付けませんでした。
昼間人気のない時を見計らって覗いて見ることにしました。二階と云っても階段五、六段の棚、敷き藁が二十枚位を敷きつめたところに桑の葉が盛り上がるように敷きつめてあります。そこで、初めてみたのが白い親指位の芋虫、蚕、カイコです。
口の周りと云ううか、顔の部分が茶いろの皮で蔽うわれている。四回の脱皮をし成長し、絹糸を吐いて
繭を作るのだそうです。この村、畜蚕チクサンと機織りハタオリで 生業ナリワイの生活をしている寒村なのです。
そこの主人が、今度世話になる、北野の小学校の教頭先生です。家族に娘が三人、母親は、おかみさんと云う感じの人でした。
つづく
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